車体に関しては、ジオメトリー計算や解析結果、7ポストリグや風洞で出た数値などはすべてオープンに開示し、トラブル案件なども情報共有する体制を構築した。すると、シャシーに対する走らせ方のシェアが進んだことで、2019年には『何が何だかわからなくなった』車体の全体像が実を結び始め、どんどんとノウハウが蓄積されていった。そこで見えてきたプリウスPHVの課題こそ、ブレーキとの組み合わせでハイブリッドを有効活用する、新しい方法論だった。
「よくよく考えてみれば、トヨタが得意として今まで開発してきたスポーツハイブリッドって、WEC世界耐久選手権も含めてみんなミッドシップだった。夏ぐらいまではハイブリッドの熱問題、クーリングの問題、そして現時点ではボッシュ製の汎用品を採用しているものの、当初からアドヴィックスさんとABSの開発も続けてきていた」と金曽監督。
「そこに、4駆でもなくリヤにモーターを入れて、フロント回生じゃなくてリヤ側で……FRとして回生するハイブリッドを仕上げるのも初めてだった。トヨタ側もエンジンやブレーキの開発状況を知っているから『ハイブリッドは既存のままで問題ないですね』って言ってはいたけれど、あるとき『あれ、このFRのハイブリッドってすごく回生でエネルギー取れるんだな』ってことがわかってきた」と続ける金曽監督。
これまでのプリウスは重量物であるエンジンをミッドシップに搭載し、リヤで回生する方式を採ってきた。しかしこのFRプリウスでは、レース序盤のタイヤグリップが効く期間はまだ良いものの、ドロップが始まる10周程度を過ぎると「誰かが“サイドブレーキを引き始める”わけですよ(笑)」と表現するほど、ブレーキング〜シフトダウンの状況でリヤがロックアップするナーバスな挙動を示してきた。
それゆえ、通常はフロント側のロール剛性を確保すべく「異常なほどガチガチ」に硬めた、やや異質なセットアップを採用せざるを得ない状況が続いていた。ゆえに、2020年の第3戦鈴鹿では、そうした方向性がプラスに作用してのポールポジション獲得……の一幕もあった。
「2019年シーズンの最終戦後にDTMドイツ・ツーリングカー選手権が来て、その際にGT300のスプリント戦(auto sport Web Sprint Cup)があったじゃないですか。実はそのときにリヤのミッション上のフレームに50kgぐらいわざと積んで“アホみたいに重い状態”で、重量配分だけ変えてレースしてみた。そうすると、実はブレーキがイケていた。そこをどう勘違いしたかっていうと『やはり、リヤのダウンフォース量が足らないんだ』という方に行ってしまった」と明かす金曽監督。
当時はGRスープラの開発も並行している時期と重なり、プリウスと同時にTCDの空力エンジニアと協業し「バンバン、風洞試験を掛けて」いた。それだけに、GTA-GT300車両のフラットボトムと低容量ディフューザーの組み合わせから、車体上面で効くエアロ効率で両車に“天と地”ほどの差があることを数値で体感していた。そのことが、現実に起きている実態を見抜く際のマスクになったとも言える。
「風洞で数値も見るから、僕らはスープラとの違いをまさしく“リヤの空力”だと思ってた。だって彼らは同じローターとパットで止まれてるわけだし、でもそれも違った、ってこと。単なる『ブレーキの足し算』が合っていなかった。でも回生側は調整できる話でもないし、レギュレーションで取れる量と吐く量が全部決まってる。だったらこの必要以上のリヤブレーキを『落としていいんじゃないか』という話をして。それでプライベートテストで……8月の頭かな? ブリヂストンさんにも本当に協力を仰いで、オートポリスで2日間スポーツ走行枠を走った。みんなが天候が悪くて走れなかった2日間の前々日で、そこは“ドピーカン”というミラクルな2日間だったのですよ」
トヨタ、apr、そしてブレーキコンポーネントを担当するエンドレスなど関係各所が集まってデータ解析を進めたところ、その「ブレーキを改善するだけでどうも景色が変わりそうだね」という結論に達し、その後に富士スピードウェイで実施したスポーツ走行枠のテストでは、焦点を絞った項目も確認した。
「もちろんトヨタもパラメータを全部提供してくれるから。あとは“滑空テスト”って言って、ブレーキを踏まずにハイブリッドの回生だけでクルマを止めようってやってみたら、これがえらい勢いで止まるんだよ(笑)。ということは『こんなの(従来型のブレーキコンポーネント)必要ないじゃん!』って」
そこでエンドレスはすぐさま専用品の開発に乗り出し、リヤ側の径を332mmとした小型ローターと、専用の磨材を採用したHV用ブレーキパッドを用意した。現状、GT300の主流はフロント側で390〜380mm、リヤ側で380〜345mmのローター径が一般的(GRスープラGTは345mm)だという。この332mm径は欧州では採用実績があるものの、日本のGTでは「誰も着けていない」ほど小径。その実戦投入が間に合ったのが、この2021年第6戦オートポリスだった。
「HV専用の“効かせ方を変えた”パッドを、プリウス専用で作ってくれた。エンドレスさんもトヨタの技術陣と綿密にコミュニケーションを取ってくれて、回生のデータだとかを見て『ここで出始めるから、僕らの方は滑らせてもう少し奥で効かせましょうか』とか、詰めてくれた。なので今回の初優勝の功労者として、個人的にエンドレスさんの存在も大きかったと感じてます」
こうして物理的な対応でブレーキング時のナーバスな挙動を改善した31号車は、結果としてフロント側でバネレートもダンパーの減衰値も「ガチガチに硬めていた」セットアップから解放され「オーリンズさんも専用の、減衰値だけでなくバルブも含め中身を作り直した」という新ダンパーを採用した。「減衰グラフの作り方で言うと、もっとスカスカにした。値で言うと下がる方向。これまでは下げられなかったところを下げた」ことにより、リヤで軽くなったバネ下重量とも併せて、トヨタ/apr流のエボサスも活かしタイヤを上手く使えるセットアップに舵を切ることができた。改めて、金曽監督にFRプリウス初優勝までの道のりを総括してもらうことにしよう。
「トヨタのハイブリッド開発チームとしても、FRのハイブリッドって『こういうクセを持ってて、こう使えば良いのか』だとかが、データとしてしっかり採れてきた。国内のモータースポーツでも、今後さらにハイブリッド化だとか、EV化だとかが進んできたときに、誰かがもう悩まなくていい。ブレーキ屋さんも、ダンパー屋さんも、トヨタ側も、みんなデータを採れている。そこが僕らコンストラクターとしてやらなきゃいけない大事なところ」
「たとえば今後、誰かが『レクサスLCのハイブリッドでやりたい』と言っても対応できるし、トヨタが新型ハイブリッドスポーツを出したら、それで『やりたい』って話が出ても大丈夫。そのときでも『ハイブリッドって結構、面白いよね』ってところに持っていけるのは、この2年間の成果だと思う」
「僕ら的には“闇から明かりが見えた”だけで面白いし、周りにも面白いと思う人が増えて『スープラに積んでもいいですよ』とか『新規のシャシーに載せて良いですよ』とか、レギュレーションがそうなっていったら、モータースポーツ業界も産業的にも、日本の最高峰レースが先を見据えて動いてるって示せると思ってます」